【枠】縛りをはずそう!

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第4章【枠】



第3章を別の言い方、観点から伝えると【枠】を外せという事になります

普通は、人間として生活するときは必ず何らかの価値観や固定観念や常識の枠の中に縛られてます。誰でも縛られてます。法律も枠の1つです


望む、望まないに関係なく、価値観の枠の中で生きているのが、人間です


会社には、会社の決まりや理念があります。


家庭にも決まりや常識があります。


道路を歩くにも、道路を歩く時の常識があります。


トイレに入れば、出るときは流しますよね。それも

常識ですよね。



映画館での常識



学校での常識



相手と会話する時の常識



お客様と接する時の注意点や決まりごと


普通は、こうだとか

普通はこうすべき

普通はああすべき


普通は、こんな場合は、、、



普通は、、、



私は、いつもこんな感じ


我々は、いつもこんなやり方



誕生日には、誕生日プレゼントをすべきとか



寝るときは枕をして、布団をかぶってとか


ご飯を食べたら、歯を磨かなければならないとか


このような

生活する時のありとあらゆる価値観の枠があります


その枠の範囲内に入るべきだと人間は考えています。



その枠の枠から抜けたら非常識な人間だとか、レッテルを貼られる場合もあります



また、枠から抜けようと思っだからといって抜けるのは至難の業でしょう



枠の中で生きることを人間は強いられているようにも見えます



望むと、望まないと関係なく、価値観の枠に入ってるのが人間の普通の姿です。


しかし、しかし、



何の為に?


何の為にそれはあるのか?


それは本当に必要なのか?


それは本当に正しいのか?


その人間が決めた枠の範囲内に入ってれば安全のなのか?



その人間が決めた枠の範囲内に入ってれば良い人間なのか?



そもそも、その価値観の枠は何の為に?


そもそもの価値観の枠に当てはまらなくても良い考え方や方法があるのではないか?



それが正しいとか良い事だとか、関係なく、その価値観の枠に入ってると言うことは、





【その枠に縛られる】という事を意味します。






その枠に縛られない考え方や方法もあります。


自由自在の状態もあります



一定の自由自在の境地もあります



何物にもとらわれない境地もあるでしょう


しかし、



人は枠の範囲内に入りたがります



或は、関係者を 『枠の範囲内』に入れたがるのが組織でしょう



そうした価値観の枠からどう抜け出すのか?



これが課題として残ります


価値観の枠から抜け出し、自由自在になるのは、幸福でしょう




第5章
【常識を白紙に戻す】

さらに枠を具体的外す方法論として、
【常識を白紙に戻す】という手法があります。


「思い→想い→念い」は右の念いが最も力があります。

ある意味、人間は「意識」という存在とも言えるでしょう。

毎日、毎日の普段考えてる「考え」そのものが、その人そのものであります。名刺や肩書きや給料の量的なのは飾りです。それらを全て取り外した時に残る【考え】が人間です。

であるから、【考え】をどんどん良くしていくために「存在」しているのです。

99%の人間は、人々が創りだした【価値感の観】と【認識】に縛られているのです。


【価値の枠】の例を上げれば、



あらゆる決まり事や法律があります。「…こうしてはいけない …ああしてはいけない …のように生きないければならない」 等々があります。それらの価値観はスクスク育っていく過程において受け入れた内容の数だけに『縛られ、…そして自由を失う』のです。

常識もそうです



もう1つは【認識】です。

それは、「自分自身や他人をどのように【認識】するか?」。その【認識】に【縛られ、或いは自由】になるのです。


【価値観】と【認識】の両者が「制限と自由」を与えるのです。 与えると言う表現は正確な言い方ではありません。与えたり、与えられたりするという表現がより適した言い方かもしれません


【価値観の枠を外せ】
【自分自身や他人への「認識」を変えよ】

この事は大変重要であります

変えた割合に応じて、自分自身の環境は変化し、当然自分自身も変化します。

3%変えたら、3%に近い変化が現れるのを経験するでしょう。もっと変えたら変えた割合に応じて変化するでしょう。

運命も変化するでしょう。

その人の運命は、その人の「願っている事」や「希望」を見れば、その人の器や運命が観えるでしょうね

量子論では観察者が対象に影響を与え変化するとあります。病気も戦うとそれを強めたりします。



ある●●●●のそれは本当か?と考える為にはタイトルの通り【白紙に戻す】です



知り合いが気に入ってる言葉で下記の標語?があります

「考えが変われば行動が変わる」
「行動が変われば習慣が変わる」
「習慣が変われば、、」後は覚えてないのですが、、、、


この内容を知り合いはどっかから拾って来たもの?かと思いますが、ほとんど当たってなく言葉遊びに近い感じを受けました。

上記の標語?には間違いが含まれてる一面があります


『白紙に戻す』というタイトルで検討してみます

白紙に戻して考え直す時に重要なのは
★『それは、本当か?』
★『絶対に本当と言い切れるのか?』
など質問して観るのですね

考え方と言うのはとても、とても、とても、大変重要です

しかし、「考えが変わる」だけで必ずしも「行動が変わる」訳ではありません


毎日休んでたり、一時間しか仕事しなかった自分がいたとして、「明日から午前から初めて8時間営業がんばります」と考えが変わっても、それが即行動には必ずしも繋がらないのですね

明日になると、結局自らの怠け心に負けて変わらない例はたくさんあります

その背後には感情の問題があるからです


一般人の悩み事のほとんどは理性の問題でもなく、感性の問題でもなく、問題でもなく、ある意味知性の問題でもなく、

『感情の問題』だからです

全ての人間の全ての感情には必ず『期待や要求、或いは欲求』などがあります


例えば、
その期待等が達成しなければ怒り系の感情

その期待等が達成すれば喜び系の感情

その期待等を諦め系のときは悲しみ系

その期待等が見通しがつかなければ不安系の感情になります


理性的に考えだけが分かっても行動には繋がらない理由は感情的問題があるからです。


理性と感情がぶつかった場合
理性vs感情

100%感情が勝ちます
理性が勝つときは理性と一致したときです

一般的にほとんどの悩み事には2つの感情があります


例えば、
ダイエットしたいと言う期待のある希望の感情もあるが、
歩いて運動するのは難儀なのでやりたくないと言う期待がある悲しみ系の感謝があるとします

そうすると、
悲しみ系の諦めの感情が強いならば運動によるダイエットは出来ません

希望の感情が強いならば行動に転化し、運動できるので、ダイエットにつながります

先ほど伝えた
『行動が変われば習慣が変わる』
と言うのは本当か?と質問すると


行動が変わっても●●活動したり、仕事したり、別の行動したり毎日バラバラだと習慣にはなりませんので、必ずしも正解ではないはずです

「習慣」は、最初は『意思力』が必要であり、それから『持続性』が必要です
それが習慣になりますと
意思力はそれほど使わなくとも大丈夫です


【仕事の固定観念を白紙に戻す】と言う事をビジネスで適用してみます


何でもかんでも経費削減は会社に良いと言う考え方があるとします

それは、本当か?
絶対本当と言い切れるのか?と質問すると必ずしも本当ではないようです


経費削減は達成しても時間を無駄にしてる場合もあります

例えば、時給一万円のAさんが、名護から会社に戻るときに、高速使ったら会社に経費削減してないとおこられるので、一般道路から帰ると夕方は那覇の58号は混んでるので三時間掛かった場合は、3万円の経費が掛かります。
高速乗れば1500円の高速料金は掛かりますが一時間で会社に着くと、高速使った方が経費削減になります。極端な例ですが分かりやすく伝えてます

固定観念を白紙に戻して考えると
そもそも何の為に、社長は経費削減と言ったかと言う主旨や目的が重要であるので、それが達成できないならば、そのマニュアルや考え方よりも、目的や主旨を優先にすべきであると言う判断がつき、それを優先できる選択が取れます



別の例で、何の為に私はこの事務処理や統計を部下に指示してるのか?
私の仕事してる風の為なのか?


『それは、本当か?』
『それは、本当と言い切れるのか?』

と質問すると

○この事務作業が完成しても、今後利用することはない

○この事務作業は紙ベースがみんなが理解しやすいが、時間削減の経費から検討すると口頭でも特に支障はないし、口頭報告だと、三日間の時間節約になる

○その事務作業の統計が分かっても、具体的にどのような戦略や戦術を行うと考えもないがとりあえず的な上司が立場を守るための事務作業だったなど、、、

◯その事務作業は上司を満足させる為の時間を奪うもの。
営業成績を出す為の事務作業が、営業時間を無駄に奪うが、上司が要求するので仕方なくその作業をしてる

沢山過ぎるほどの無駄な仕事があります

【サービスを白紙に戻す】
ある豊見城のコンビニにお茶を一本買いに行って、レジの男性が「商品は一点で大丈夫ですか?」と事を質問してきた。「その商品(お茶)を私が選択し、それ以外のものが必要ないので、それだけを持って来た」のですが、、、


また、別の初めて行ったあるコンビニで
「千円からで宜しかったですか?」とか
「1万円からで宜しかったですか?」とかの言葉のサービス?
何のサービスでしょう?

それに対して返事がもし、『俺はどっちでも良いがどっちがそちらはどっちが良いのですか?』と答えるとどうでしょう? (笑)


そもそも、お客様は財布からも手を離して、レジ前で突っ立ってるだけで何もしてないのから判断すると、「千円で良い」と子供でも判断できるはずです


初めて入ったコンビニだけど、『宜しかったですか?』と過去形で言うのも「はあ~!」っ感じですね (笑)

それ以外にも「ローソンカードは大丈夫ですか?」ってさらに質問もしてくる

そもそもお客様は何らかの仕草や行動が見られないならばその質問しなくとも観察したら分かるはずです。

その変なマニュアルのサービスの言葉は誰の為に?


最近ニュースで話題のハンバーガー屋さんでのドライブスルーでの
『復唱と言うサービスの固定観念』を白紙に戻してみましょう



復唱は本当に必要か?
それは、本当に必要と言い切れるのか?



結論から言えば、必ずしも復唱は必要ではないはずです

極々一部の人間のリスク回避の為に、一般的な多くのそれ以外のお客様の時間を奪う為に、注文した商品の復唱サービスがある(店舗側都合)と思うが、

間違って注文を受けた時に、そのリスクも経費として考える考え方の経営者がいたら、注文が聞こえなかった時や誤解がある場合などに復唱サービスは行わない店だと、その店はお客様からする良いサービスでしょうね


何故なら一発で注文を聞き取ってくれて、注文時間も早いし、めんどくさくないですよね


もし、聞き取り違いや誤解で万一、間違って違う商品が出ても、店の経営者はそのリスクを請け負って、何からかの追加のサービスを提供してあげる事でお客様の感情は得したとか余計にサービスされたとか思って、或いは二度と来ないとは思わないはずです。

しかし、復唱サービスを止めきれない理由は、お客様の時間を奪ってでも確実性のサービスが上位にあると経営者側が判断してるからではないでしょうか?!



そもそも、はっきりチーズバーガー1個とコーラsサイズ一つと確実に聞こえても復唱する精神をサービスとは言えないかもしれませんね


いろいろ理由や固定観念があってあるサービスや仕事があるにしても、

お客様側からするとある2つのサービスがあるとするとどちらを選ぶのがより!最大多数の最大サービスに繋がるのか?と言う観点ははずしてはならないし、



そもそも、【そのサービスや仕事内容が、どのような主旨や目的で作られたもので行っているのか?】と言う質問を理解し、その主旨や目的が達成することが重要で行われているサービスや仕事なので、それが実現できるのならば、それから外れても構わないという考え方が重要だと思う。


コンビニで、『急いでるので袋は要らない』と伝えたら、店員が「シールで良いですか?」と質問するので、『要らない』と答えたたとしてもお客様が買ったお客様の商品に勝手にシールを貼り付けるサービス


その従業員はおそらく何の為に、シールを張り付けるのか?理解してないから、勝手にシールを貼り付けるのでしょうね。


「シール張り付けサービス」も「カードは大丈夫ですか?」サービスもお客様は本当に喜んでるのだろうか?



いろいろな事務作業や仕事内容は会社都合や店舗都合のリスク回避上は必要であり、重要ではありますが、

固定観念を白紙に戻してて考えると何の為に、このサービスや仕事内容があるのか?

それは、本当か?
それは、本当と言い切れるのか?
と白紙に戻して考える事で、


もう少し20%位の割増した良い仕事が達成出来るのではないでしょうか?



実はあらゆる固定観念や世間の常識が、
【縛り】を生じさせ、目的達成を阻害してる最大の要因だと確信します


常識の始まりは非常識です
常識は、最初は1人の方から始まるのです。

『STAP細胞はあります』と確信してる小保方さんを心から応援します
それまで、忍耐強く頑張って欲しいです。
人類の希望を背負った小保方さん!負けるな小保方さん


常識を破壊せよ!
新しい常識を作ろうよ

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第6章【太陽瞑想】
枠を外すべく、
あなた自身をを人間としての認識ではなく、太陽や光という認識をして太陽のような存在になる



以前、東京で生活していました。

駅へ向かう途中で朝日が当たる道路を歩くときに

10秒にも満たない時間ですが、(歩きながらなので)

太陽瞑想をすることが大好きです

だから強い日差しが大好きです



朝日の強い日差しを全身に浴びます

太陽瞑想と勝手に名づけたのですが、

どのような瞑想をしているのかというと

朝日の方向へ体を向いて眼を閉じます


まぶたを通して、明るい日差しが全身を明るく照らし出します


全身が白く(或いは黄金に)輝いてるイメージをします。
太陽が当たり全身が輝いてるのではなく、自らが輝いてるイメージです

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眼を痛めないように直視は出来るだけ避けてください。

最初は眼を瞑り頭は下を向いてる体制でイメージして、眼が慣れたら少し頭を真正面を見ます。そのままイメージを続けます
最後は数秒だけ頭を少し太陽の方向へ向けながらイメージして終了します

顔から眼から光が放射し輝いてるイメージです
分かりますか?

くれぐれも眼を瞑っていても太陽の直視は出来るだけ避けてください。

沖縄では顔一面には暖かさが感じられるほど日差しが強い時もあります。 それはとても嬉しいひと時です

日焼けを気にするよりも太陽が大好きです


と言っても時間にして1分くらいです(現在沖縄で生活しているので、朝出かけるときに玄関前で立って、太陽に向かい会います)


全身が光で満たされ、エネルギーを吸収します。(イメージするのです)


気分により、


吸収し みんなへ光エネルギーが流れるイメージをするときもあります(*^.^*)

太陽が大好きで、日差しが大好きです


心まで明るくしてくれます

だから沖縄の太陽が好きです

寒い北海道や岩手へも届けてあげれたらなと思ったりします

寒い地域の皆様も天気が良い日に

日差しと太陽を見つけたら

1分だけでも太陽瞑想を試してください



太陽さん 今日もありがとう 

大好きです



太陽瞑想は
いかがでしたか?
枠をせましたでしょうか?

誰でも価値観の枠に縛られてます。

誰でも10個くらいはトラウマの枠に縛られてます。

あなたの問題を突き詰めていけばある『恐怖感(不安感)』や『自己嫌悪』『劣等感』『自責や怒り』『悲しみ』などです。

それらのネガティブな感情や苦しみの感情はトラウマから発生してますが、ほとんどの人が認識してません

集中カウセリングによって、その苦しいネガティブな感情が消えます。トラウマを処理することでトラウマからの影響はなくなります。


もっと自由なあなたになれます
もっと穏やかな平静なあなたになれます
一般的なカウセリングではあり得ない成功率約9割という集中カウセリングで実現可能です。


引きこもりも恐怖感が原因なら恐怖感を消せば良いのです。いじめやバワハラやセクハラなどのトラウマが原因ならばそれを消せば良いのです。

それは簡単です。

プロの集中カウセリングを受けてください。
あなたの枠を外しましょう

結局、自己変革の行動しかありません。
変わる決意をしてお電話ください。
人間は変われます。性格も変われます。

全力であなたのその決意を支援します

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