少しは精神薬を飲んだ方が良いのか?



今日から暑くなってクーラーの季節に切り替わりましたね。

今回は【少しは薬を飲んだ方が良いのか?】ってタイトルです

結論で言えば、全ての選択はあなたの自由。
科学物質の薬を飲みたいなら飲んで、悪化させるのも本人の自由

飲みたくないなら、なんとか断薬の努力をして明るい未来がある選択も本人の自由です

新型コロナウイルスの治療法を提案した記事でも伝えたのですが、記事の通り殺害治療法が中国の武漢では行われて銃声が数十発の銃声が(動画では)響き渡ってました。そこでは選択の自由は存在しません。神山医院とは中国人民解放軍の強制収容所でした。アメリカの情報では武漢市内だけで9万人以上が拉致監禁されたそうです(2月4日(火)現在)
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※銃やライフルを持ち歩く武漢の医療者!精神化では薬物で殺ります。結果は武漢と同じ。

沖縄でもあの病院では、拉致監禁し身体拘束なのでもっと酷い!↓
https://news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/17785924/
さんざん精神化で本当に直るのか?で記載した通り、言っても理解できないなら薬を飲むのも本人自由です。

しかし、認識力や責任能力もない赤ちゃんや子供に飲ますことは止めてください。それは悪です。

精神薬の毒で赤ちゃんや子供の脳を破壊する自由は親にもその他の医療従事者にもないからです。

精神薬物は毒です。脳を破壊する事をこれまで読んだ方は理解してるはずです。

「少し位薬を飲んだ方が良いですか?」という質問は、分かりやすく置き換えると、

「少し位は赤ちゃんに毒を飲ませて脳を破壊しても良いですか?」という質問をしてるのと同じです。

しかし、
少し位薬を飲んだ方が良い場合も確かにあります。ここで言う意味の「少し」とは、『緊急性又は限界の時』などです。

例えば、激しい咳をし過ぎて、或いは吐き気もして、咳で息も苦し過ぎて大変ならば、麻薬であっても飲んだ方が良い場合もあるでしょう。

実際に自分も激しい咳が止まらなくて苦し過ぎてこのままでは危ないと思い麻薬(コデイン)を飲んだこともあります。市販の薬局で麻薬は手に入ります。「ブロンください」と言えば麻薬が手に入ります(笑)

例えば、毎日睡眠薬を飲むことは毒を飲む理由が存在しません。

「眠れなくて苦しい」=「限界」となりますか?
通常は限界にはならないです

例えば、「身体や頭が痛くて眠れない」時でも忍耐の限界には必ずしも直ぐにはならないはずです。

限界まで忍耐して、これ以上は無理と思った場合は、痛みを発信してくれてる身体の部位や頭に対して「痛みがあることは分かりました。伝えてくれてありがとうございます。痛みを受け入れます。痛みの原因は何か教えてください。忍耐の限界で痛み止めを今から飲みます」と身体や頭に伝えてから、初めて飲むようにするとよいでしょう。

「昨日も眠れなかったから、今日も眠れない事は分かりきってるから、どうせ眠れないのだから、直ぐに(脳を破壊する毒)飲んでさっさと寝た方が良い」という生き方や考え方はどこにも忍耐も限界も存在しません。それでいつものように毒薬物を飲んでる方々は多いと推測します。

そのような「脳を破壊する自由及び薬物依存症になる自由及び一生飲み続けて肝臓を傷めて血液や腸を汚す自由」を選択して、一方では不眠症から直って健康を願うのには無理があります。

しかし、選択はいつでも本人の自由です。
当研究室は、限りなく自由を得たいので、相手にも自由を尊重します。

あなたが自由を得たいならば、他の人々の自由を尊重することです。

当研究室でも提案や情報は伝えますが、最終決断をどうするかは本人の自由であると思います。

うつ病の薬で数百万人が死にかける↓
https://news.biglobe.ne.jp/international/0120/tec_200120_8632366722.html?fbclid=IwAR2BpX7v_4v-Il_eZROJyJjQQzvr_pb3bJoMgwqtKgPB8ylCV3sp3tTz3BE

自殺するのも最終的には本人の自由を尊重します。
もし、自殺するのを尊重しないならば、薬を力づくで奪う事を良しとする意味と同じです。

なぜなら、「精神薬を飲む=自殺する」事に繋がるのだから、薬を力づくでも奪う事が許される事になります。

しかし、そのような力で相手をねじ伏せて相手の自由を奪う事は許されません。それはどちらも悪になるはずです。以前の記事でも紹介しましたが、ストラテラなど自殺の効果がある薬を飲んでるとしてもつかまえて薬を奪う事が許されて良いはずはありません。

なので、その薬を飲んで自殺するとしても本人が
最終的には選択の自由で自殺するのでしょう。

もし、本人を殴ったり暴力してでも本人の薬を奪う行為は人権侵害でしょう。

そのような相手を人権侵害して悪の行為は、精神化の看護死が毎日行っています。

このような看護死の極悪行為は、薬物の毒を強制的に飲ませて、最終的結果は廃人か死亡させてるのです。

飲むか飲まないかは本人の自由であるべきです。
飲まない自由を尊重してあげることです。
看護死や医死であるあなた方よりも判断能力も認識力も患者が常に上です。

なぜならば、精神化の連中が殺人や廃人にしても罪悪感もなく、お金目的の為に薬物漬けにしてる方の脳こそが狂ってるからです。正しい価値判断能力は0です。人を破壊する行為は悪です。

しかし、本人自ら飲むのは自由です。
但し、医死や薬罪死や看護死に洗脳されていなければ、飲むのは自由です。

しかし、赤ちゃんや子供に対しては、薬を飲むか飲まないかは赤ちゃん本人が認識力や責任を負えませんので、親の判断になるでしょう

例えば、親が薬物依存症になって、赤ちゃんを産んで、その赤ちゃんに混合ワクチンを注射して、農薬など科学物質を飲食して、その結果脳を破壊して自閉症や知能遅れにする自由は許されて良いはずはありません。


精神薬=毒なのです。その薬を飲んで脳が機能しなくする事(麻痺させる薬)は脳を一時期麻痺させるのですが、何度も飲むことで破壊してる行為と同じです。

身体を切開手術して針で縫って麻酔が切れても、もし、痛みはあっても忍耐や我慢できるなら飲まない方が良いのです。

自分の母親は飲みませんでした。
愛する身内も、痛みを限界まで忍耐して最後の日だけロキソニンを飲んだのです。本人も限界と言ってましたが、ロキソニンを飲んで心臓が止まりました。

ロキソニンを飲ませて、自分がうるま市の知り合いの家に行ってる時に、病室の看護師から電話があり、心臓が止まってるけどどうしますか?と問われました。『そのまま何もしないでください』と自分は伝えて、直ぐに知り合いの家を泣きながら飛び出して、亡き愛する身内の病院へ向かいました。

最後の日の言葉も、前日の言葉も覚えてます。

夜に寝るときは『明日の朝には死んでるかもしれないけど何か言い残す事はある?』と言うのがいつも夜の挨拶でした。

そして、父親は『●●ありがとう』と声も聞き取れない小さな声でいつものようにお休みの挨拶をしました。

自分も『おとう、ありがとう』とか言って眠りました。いつでも飛び起きれるように意識しました。もし、ぐっすり眠ると、寒くて布団をかぶってなかったら風邪をひくというか苦しくさせるので、浅く眠りたいのです。

しかし、布団をかぶる事は、布団の重さで寝返りが打てない事は、痰が喉に詰まらせてそのまま朝になると逝ってる危険性があるので、布団をかぶる事は寒くない事に繋がりますが、痰で息が出来なくなる危険性もありました。

『おとうありがとう』と言う挨拶の他にも『おとうの子供で良かった。ありがとう』と何度か勇気だしながら言った記憶も何度かあります。

やはり、単なる自分のや安っぽいプライドよりも、なんとかかんとか勇気をだして、

父親が幸せになる安らかに眠りにつける
【愛ある言葉が真によく効く薬】なのです。

愛ある薬を子供に飲ませてください

それは、親からの愛ある言葉です。

その子をそのままで認めてあげる言葉です

その子を『そのままの存在を認める』言葉です。

このような効果のある薬が必要なのです。

そのような『愛ある言葉』は世界中で不足してるのです。

新型コロナウイルスでマスクが世界中で足りないようですが、本当に足りないのは愛ある言葉です。

或いは

愛する行為が世界中で不足してるのです。

最も効果があり、いろんな精神病とレッテルに対してもよく効きます。

なぜ人々は愛を求めるのでしょうか?

それは、愛こそが全てを癒すからです。

拒食や過食やうつの人々も、愛を求めてるのでしょう

愛はここにもあります。

リセット療法では愛がメインになります。

愛を注ぐことがメインの療法です。

自己価値が低くて苦しんでるので、ダイエットで痩せてガリガリなるまで痩せて、さらに拒食して、痩せてこれでもかと水も飲むと太るのではないかと絶って痩せて、求めてるのは女性としての美しさではありません。

他人から「●●は美しいね」とか「●●は可愛ね」とか評価で自己価値感をアップしたいのでしょう。

それは、やはり、薬物では効かないのです。

たとえば、ガリガリでかなり痩せ過ぎてるのに、太ってると認識して、食事を拒否する女性がいたならば、もし精神化に行くと通常は摂食障害という診断のレッテルを貼られるでしょう。

周りの方々も摂食障害という病気と認識するはずです。本人は病気と思ってないのです。

しかし、通常は本人は、痩せすぎと思わず太ってると思ってるので、もっと痩せなきゃと思い拒食し続けます。しかし、それも本人の選択の自由を尊重します。

本人が食べたいでもっと痩せると決意してるからやむを得ません。本人の自由です。

しかし、本人がおかしいと気づいて、頭では分かってても止められなく苦しんで、そこから脱出したいという気持ちがあるならば、その苦しいのを消してあげることは可能です。

摂食障害は、本人が「私は病気じゃない」思ってる通り実際は病気ではありません。それは周りの方々や精神化医が間違ってるのです。

通常は、拒食、或いは拒食と過食の繰り返しとか、そのような場合は、根本的問題は、自己価値感を低く自己認定しているからです。

ですから人生観を変える努力を続けるでも、冒頭で拒食系で問題を抱えて苦しんでる方は「特に人生観を変える努力」が必要と伝えさせて頂きました。

痩せて美しくなりたいという気持ちは理解でき共感できます。

ガリガリに痩せ過ぎてるにも関わらず太ってる認識で、さらにダイエットしたい気持ちも理解出来ます。

このような方々は、他人の評価で自己の存在が、株のように上がり下がりするので、どれほど拒食して痩せても痩せても満足感は得られなのです。

それで、他人の評価で自らの価値感が上がり下がりする人生観は、自らの存在の価値は他人に委ねたからです。赤の他人に運命を委ねたので、どこまでも求めても「自己価値感の満足感」は得られないのです。

「少し位は薬を飲んだ方が良いのか?」という質問で、それで精神薬物を少し位飲んでもガブガブ飲んでも、自己価値感のアップとは無関係なのですから、薬物で直すことは不可能なのです。

それは、このケースだけでなく、どのケースでも心の問題は脳を破壊する薬物と全く関係ないのです。


さらに追加で例を伝えます。

自分のクライアント(女性)で、帝王切開で生んだ子供がいますが、クライアントの母親本人は全く痛み止めの麻酔が効かないので、切腹してるのと同じです。激しい痛みだったのに二人目も産みました。

過酷過ぎるトラウマにより自己の存在を結果的に否定してるので、麻酔が効かないのです。

痛みで生きてる実感はあるでしょう。

そんな人もいました。父親と母親の両方から産まれてきた存在を否定されて、邪魔な存在だと扱われて、秘歳で家から追い出されて捨てられたのだから、自己の存在を否定するのは当然ですし、何度も自殺したそうですが、なんとか生かされたようです。

このような特殊なケースは、カウンセリングだけでなく、リセット療法も必要です。リセット療法とは胎児に産まれて0からスタートして愛情を受ける事が必要です。
また、人生観の自己変革も必要です。極端に間違った考え方をしてるからです。たとえば「絶対に人に迷惑をかけたくない」と言う強い気持ちになります。それは、道徳的な考え方からではなく、トラウマから発生した考え方なので、正しい事ではないのです。

このような場合は、実際は「人に迷惑をかける生き方」をするのです。なぜならば、これまで何度も伝えたように、トラウマは解消しな限り一生にわたり影響し続けるからです。

トラウマにより「絶対に人に迷惑をかけたくない!迷惑をかけるくらいなら死を選ぶ」位のトラウマなので、人に迷惑をかける環境を引き寄せるのです。

この場合も薬物の成分が不足してるのではないので、薬物は不要です。

薬物で脳を破壊して、心の問題を解消する事は不可能なのです。

何でパキシルという薬物がトラウマに効くのですか?親からの見捨てられたトラウマとパキシルとは100%無関係です。

3・11の大震災での外傷後ストレス障害とパキシルとは10000%無関係でしょう。無関係なのになぜ効果があると添付文書に書いてるのでしょうか?
薬物製造業と精神化と薬の売人と中国は嘘に満ち溢れてます(笑)

もし、脅迫性障害の方のをカウンセリングしたとしても、パキシルの薬物を飲んでるならば、「ネガティブな考えがまとまらない」のは当然です。パキシルの効果として考えが止まらない効果があるのです。添付文書にも書いてるはずです。

お酒を飲みながらフラフラするけど、カウンセリングしても、酒を飲んでるならばフラフラするのは止まらないでしょう。こんな簡単な事が認識できないのです。なぜ、頭がフラフラするのか?って悩んでも酒を飲んでるならば当然でしょう。

同じように、うつで薬物を飲んでるならば、どれだけ休んでも体が重たくて動けないのは当然でしょう。それをうつと勘違いしてさらに、どんどん強い薬物に手をだして、さらに動けないどころか自殺までする危険性も現れるでしょう。

薬物を飲んでうつのような寝たきりになるのは、健康な人でも当然そうなります。アルコールを絶たないで(薬物を絶たないで)、頭がフラフラする(体が重くて動けない)って言われても、アルコールを摂取してるから、フラフラするのは当たり前です。


心の問題の苦しさに、さらに追加して薬物で脳をいじり身体を弱らせて苦しさを倍加させる為に精神科、心療内化、メンタルクリックなどに行くのは自殺行為でしょうね。


なぜ、そこまでして苦しさを倍加させる必要があるのですか?
心の問題で苦しんでるのに、さらに薬物に手をだして、身体を破壊したり、断薬の苦しさまで追加してるのです。

その選択は本人の自由ですが、本人がわざわざ苦しさの倍加を選択したのですから、、、、

健康になりたいならば脳を破壊しない自由を選択することです。
それは、飲まない自由の選択でしょうね。

心の問題の苦しみは実は簡単に解消できるのです。

心の法則を使って、その心の法則は誰にでも法則なので当てはまるのです。

心の苦しみは、簡単に解消できるのです。

簡単に解消できる希望がある事を先ず認識して頂ければ幸いです。

オープンハート研究室は赤ちゃんや子供を守る活動をしています。
ありがとうございます
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1時間のカウンセリングでは出来事の把握や友達同士の会話とほとんど変わらないでしょう。

ですから、当研究室では集中的に一気に数時間行います。平均2日で解消して終了です。

他社のほとんどのカウンセリングでは、問題の発見、本質や解消は1時間では無理です。
しかし、クライアントは慣れてないので、僅か1時間のカウンセリングでも、その前日から緊張したり、準備から、、、帰宅するだけでも時間もエネルギーも使います。またたった1時間、2時間では「前回どこまで話したのかな?今日はどんな話をするのか?」
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また、
「いつまで通う必要があるのか?毎回5千円のカウンセリングでも厳しい、どうしたらいいのか?」
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「本当に治るのかしら?怪しいところではないのか?」
「信頼できるのか?どんな資格を持ってる先生なのか?騙されるのでは?悪くなるのでは?どんな方法で?」、、、、、、
現在の悩みだけでなく、そのカウンセリングを受ける不安感、或は電話する以前に不安で電話すらできない方々と少なくないでしょう。

しかし、
当研究室では、平均2日前後の集中カウンセリングで問題の発見から正体を見破り、或は集中して右脳を使い一気に解消してきました。ですから、約9割の成功率ですからご安心ください。手法はその方の悩みや話をお聴きしながら必要な手法や技法を使います。大切なことはどのような資格や技法、手法であろうと、悩んでる苦しみを解消してあげれなければお金や時間の無駄です。

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